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2008年12月 1日 (月)

「天国への階段」の解釈論

久々に面白い文章を読んだ。

「われわれの思考とは、すべてなにかのまちがいである」-レッド・ツェッペリン「天国への階段」より-http://www.ctejapan.com/message/m35.html

古いロック音楽ファンなら、ご存知の名曲の歌詞に出てくるフレーズである。私は、この曲の重要な部分は、一番最後に出てくる下記の二つのフレーズであると長いこと思ってきた。

 one is all,all are one
 to be a rock,not to roll

それはそれで間違いはないのだろうが、上記の記事を読んで以来、

 Sometimes all of our thoughts are misgiven

の方がより重要に思えるようになった。なぜなら、<「人間の思考とは、すべてなにかのまちがいである」とした方がわかりやすい>と、この記事の著者は述べているからである。

(「それは言葉の誤解から始まった。」http://tomoogi-poem.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-0471.html もこれに少し似た感覚である)

我々は、どうして、あーだこーだと思考するのか、というと、何かに対してズレた考え方をしているからだ。もし、その何かにドンぴしゃりの考え方をしているなら、おそらく、いろんな思考は起こらないだろう。

その何かに、少しでも近づきたい、その何かをもっと理解したい。だから、いろいろ勉強して、いろいろ努力して、それを掴んだかに見えるや否や、分からないことが出てきてしまう。そんな感じ。

宇宙へ天体観測を行っていると、何か分かったことが起きると、別な分からないことが出てきてしまう。というそういう話をよく聞く。宇宙とは、どこか、そんな掴みどころがない仕組みで出来ているかのようである。しかし、その努力をやらないよりはやった方がいい。何か前進しているようには思えるからだ。しかし、同時に思うのだ。この道は永遠に続いていくのだろうな、と。

さよう、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」は、天国へと無限に続いていく階段のことを歌っているのであり、我々の営みは、その階段を、最大限、努力することによって一つ一つ上っていくことができるということを歌っているのだ。その階段の向こうに何があるのかは定かではないにしろ、その階段を上っていくことが、何か幸せになることなのだ。

故に、「天国への階段」は名曲である。

Led Zeppelin - Stairway To Heaven lyricshttp://www.rockpoplyrics.com/ledzeppelin/stairwaytoheaven.php

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